努力は報われる,とは限らない

2015.07.14_for blog_999

 

『努力は報われる』という言葉を耳にします。果たしてそうでしょうか。

 

語弊があるかもしれませんが,私は『努力は報われる』という言葉が好きではありません。言い回しの異なる『報われない努力はない』も同様です。

生徒たち,特に高校生には繰り返し「その意識を捨てよ」と話しています。

 

『努力は報われる』という発想そのものが,非常に自己中心的な考えです。

受験に当てはめると,『努力』は受験に向けた学習であり,『報われる』は『合格』ということになります。

『成長』という観点では『報われた』と捉えることもできますが,得点は取れなかったが入試に至るまでのプロセスを認めてほしいというのは明らかな筋違いです。

結果が出せなければそれまでという厳しい世界であり,これはスポーツの世界においても同様のことが言えます。

 

『努力』は人によってさまざま。結果に至るまでに費やしてきた時間も違えば,その深度も異なります。

自分なりに頑張ったといっても,それが望む結果に結びつかなければ『努力』は水泡に帰すことになるわけです。

 

入試では得点を競い合う他の受験生の存在がありますから,規定の得点に達しなければ不合格となります。

つまり,『報われない』ことは往々にして起こるわけで,その壁が高ければ高いほどこれは顕著です。

模試では A判定を続けていたが当日の問題が解けなかった,雰囲気にのまれた,当日の体調が芳しくなかった等々,運に左右されることもあります。

 

このブログをお読みいただいている中にもご存知の方がいらっしゃいますが,私は大学受験で辛い思いをしました。

それまでの人生で経験したこともない,大きな大きな挫折でした。

高校での校内順位がどれだけ無力なものなのか,そして自分が模試の判定にどれだけ慢心してしまっていたかを思い知らされました。

私は自身のこの経験を踏まえ,生徒たちには自分と同じ失敗はさせまいと日頃から指導にあたっています。

 

渾身の『努力』を重ね,そして『報われる』可能性を上げていく。

そのうえで運も味方につけて『報われる』ことができれば幸運だと捉え,さらには受験を成長の機会と位置付けて日々素直な気持ちで,かつ謙虚な姿勢で取り組む。

 

私は,この気概が難関大の合格に挑む受験生には必要であると考えます。